自循論

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「自分とは何だろう?」「世界とは何だろう?」…この、素朴な難問に、「自」というたった一つの概念装置を武器に切り込んでいきます。

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    自循論

    世界成立の神秘は、人間の目には見えない。認識という形式にはカスリもしないように、厳重に秘匿されている。それは「神が恥ずかしがっているから」ではなかろうか?

    • 11月30日
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    私の哲学は、「客観時空と主観世界は【説明の輪】を成す」…つまり森羅万象に「イチバン偉い最根源原理なんて無い」ってことで終わっている。でも、その「輪-自体」が何故あるのかと言えば、現実に私がここに在る、という以上の理由がなく、実はその唐突性に、巨大なインチキがあるとも感じる。

    • 11月24日
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    脱サラして会社を拵えます。ちなみに私は学生のころゲームプログラマーで、いまでもレトロゲームが大好きです。

    • 11月24日
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    「なんで世界はハナっから存在しない代わりに現に存在しているんだ、不思議だ〜!」と本気で思うが、この「不思議」という感覚を掘り下げると、実は「不思議じゃないこと」に支えられていることに気付く。しかし森羅万象は不思議なので、「不思議じゃない(当たり前の)こと」なんて、本来無いはずだ。

    • 11月15日
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    昨日の私にとって、今日・この今の「この私」が現実にこうやって世界を感じているという事態は、想像すらできなかったことだ。いや、「想像」という方法では辿り着きようが無いのだ。勿論、昨日の私の現実体験も永遠に失われてしまっている。現実体験はそれぞれ、その都度使い捨てられているのだ。

    • 11月14日
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    「この一瞬は、造り物ではなく、ホンモノの現実だ」と言い立てる権利があるのは、この瞬間それ自身のみである。たとえ5秒後の私自身ですら、そんな権利は無い。どの瞬間の私も、死の瞬間の私とは、(若干の内容の連続性を除き)何の関係も無い。

    • 11月13日
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    人工知能が「痛い」と言ったら、笑いたくなるだろう。でも、人間はどうなのだ?足の小指をタンスにぶつけても、足の小指が痛がるわけではない。足の小指の神経から遥々運ばれた【電気信号】を脳が処理し、意識計算の場に放り込むことで痛みのクオリアが生じる。勿論、人工知能にも同じことができる。

    • 10月13日
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    「私」を握りしめたまま「死」を否定することは、論理的に不可能だ。生き甲斐を持ったまま老いや死の苦しみから逃れることもできない。だが、安心していい。最期には私は私を手放し、生き甲斐も自然消滅する。恐れていたものに近づき、いよいよその内部に突入するという時に、それは溶けて消えるのだ。

    • 10月13日
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    私が死んだら私にとっての世界は消滅する。しかし、私から論理的に仮構された時空(客観世界)では、私の生まれる前にも私が死んだ後にも(同じことだが私が知覚できる空間範囲の外にも)世界はある。私にとっての現実の「アル」は消えるが、世界という存在の「ある」は論理的概念なので消えない。

    • 10月13日
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    人工知能を過小評価する前に、細胞の塊が意識を持っていることに驚嘆しよう。実は私たちは「物質とは何か」すら、まだ知らない(物質がどう振る舞うかは知っているが、物質と精神の関係などはまるで分かっていない)。だから、人工知能をアレコレ断定的に評価することも、できないはずなのだ。

    • 10月10日
    • つぶやきから
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