不登校・ひきこもり・ニート、そして発達障害の二次障害からの回復について考えていきます。皆さんの声も聞かせて下さいね。宜しくお願いします。

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詳細 私が初めて不登校のお子さんと関わったのは1984年の春でした。
その頃の私は、勉強が不得意な小中学生の学習支援を目的にした学習塾を営んでおりました。
毎年春休みに生徒募集を行うわけですが、その年の応募状況はそれまでとは少し違っていました。
例年では、中学進学に向けての準備として小学5年生と6年生の入会希望者が多かったのですが、これまでは数えるくらいの人数しか集まらなかった3年生と4年生の問い合わせが多かったのです。
そして、その生徒達の多くは色白でおとなしく見えました。
実際に春休みの体験講習会では、各担当の教師から異口同音に、『おとなしいね』という言葉が返ってきました。
勉強に関しても大きく遅れている生徒が大勢いました。

入会時の保護者面接で、3年生のみっちゃん(仮称)のお母さんから質問を受けました。
その質問とは、次の二点です。
 1.娘は学校に行けていないのですが、この教室に入れますか?
 2.娘は学校に行けるようになりますか?
当時は登校拒否症とか不登校という言葉はまだ一般的ではありませんでした。
何らかの理由で学校が嫌いになったのだろうという程度の理解でした。
こちらは学習塾ですので、子どもが学校に行っていないことは関係ありません。
勉強が不得意の子ども達の学習支援を目的にした塾ですので、当然にみっちゃんもお預かりすることになりました。

春休みの体験講習でみっちゃんを担当した教師からは、『みっちゃんは何事にも自信がないようで、筆圧の弱い薄く小さな文字を書きます。
教師の質問に対してもなかなか口が開きませんでした』という旨の報告がありました。
みっちゃんが自信を取り戻し、元気に学校に行けるようになるためには、我々には何ができるのだろうと試行錯誤しました。
結論としては、みっちゃんは社会生活全般に課題があるものと考え、私が個人指導で総合学習を担当することになりました。

みっちゃんとの最初の授業は「買い物」でした。
近所のスーパーに行って予算200円でオレンジジュースとポテチを買ってくるのが課題です。
しかしながら、みっちゃんは何も買わずに帰ってきました。
みっちゃんは帰るや否や、「オレンジジュースなかったから帰ってきた」と言ってきました。
オレンジジュースとポテチを買うと200円で足りるのか、オレンジジュースはこれでよいのか、ポテチはこれでよいのか等々が不安だったのです。
みっちゃんは、小学校に入学して間もなく学校に行かなくなりました。
勉強についていけないことで、自分が叱られたり、周りから馬鹿にされることが嫌だったのです。
だから買い物も何も買わずに帰ってきたのです。

その後、みっちゃんの授業の大半を体験学習形式とし、普段の生活で必要な知識や技能を身に付けることに専念しました。
近所の川に行って釣りをしたり、畑仕事を手伝ったり、田圃でザリガニを取ったりしました。
体験学習の感想文や内容を作文に書いたり、紙芝居にしたりと勉強の素材は無限にありました。
みっちゃんが一番好きだった勉強はプレゼント作りでした。
プレゼントとは、お母さんへのプレゼントです。
二ヶ月に一度のペースで三年間作り続けました。
端布で作った人形、折り紙で作ったお弁当、野草の汁で作ったジュース、蝉の抜け殻の標本、方々の酒屋さんからもらった栓抜きのコレクション、家の周りを細かく描いた地図やバスの時刻表等々、すべて体験学習の作品です。

5年生になったある日、みっちゃんが言いました。
『算数の勉強がしたい』と。
そこで、個人指導とは別にグループ指導の授業に出ることにしました。
そのクラスは4年生と5年生で特に算数が苦手な生徒達の授業でしたので、授業内容も3年生から5年生の系統学習となっていました。
系統学習は学年別の学習に比べ、より短時間で習得できる利点があります。
例えば、3年生から5年生までの分数の単元を連続して学習します。
つまずきが無くなるまで何度も同じ単元を繰り返します。

みっちゃんの家では、もう一つの大きな課題がありました。
みっちゃんが学校に戻るためには、その課題を解決しなければなりません。
みっちゃん自身に充分エネルギーが溜まった5年生の秋に、その課題は動き始めました。
みっちゃんのお父さんとお母さんは事情があって別居状態でした。
ご夫婦が別居したのはみっちゃんが4歳の時でした。

『みっちゃんが学校に行けないのは、勉強だけの問題ではないと思います。親御さんのことが大きく影響していると思うのですが』と私は切り出しました。
それを聞いたお母さんは、堰を切ったように話し始めました。

『やはりそうでしたか。
私も夫婦の問題を何とかしないとと思ってましたけど、何をどうしたら良いか分からないんです。
母に相談しても私が責められるだけですし、父は我関せずなんです。
会社の先輩お母さんには早く離婚しちゃいなさいよと言われますし、姉はもうしばらく頑張ってごらんと言います。
本当は子どものためにも早く解決しなくちゃいけないと思うんですが...』

みっちゃんが6年生になった春に家族は再び一緒に暮らし始めました。
お父さんが別居中に貯めたお金を頭金にしてワンボックスカーを買い、毎週のように家族で小旅行を楽しみました。
みっちゃんの中学入学式には両親の笑顔がありました。

みっちゃんとの出会いが、その後の私の人生を大きく変えました。
年々と勉強の不得意な子ども達が不登校になるケースが目立つようになり、不登校の子ども達の中には発達の偏りが見られるケースが多くなってきたのです。
現在の私は心理教育カウンセラーですが、それもすべては「みっちゃんとの出会い」が始まりです。

不登校という現象は子どもからのSOS信号であることを学びました。
そしてそれは、決して子ども一人の力では回復できないこと、すなわち、親という最大の支援者の理解と協力があってこそ初めて回復するものだということを教えてもらいました。